福岡地方裁判所 平成4年(モ)2841号 決定 1993年10月29日
原告
中嶋豊治
同
中嶋明子
同
中嶋知子
原告ら訴訟代理人弁護士
林健一郎
(ほか一〇二名)
被告
福岡市福祉事務所長 米谷秀人
被告指定代理人
青野洋士
名取峻也
小山田才八
水上太平
須田啓之
前田幸保
松永徳壽
相羽正文
後藤仁臣
永松由美子
畑瀬廣行
岡不可志
小林洋明
水町卓典
岩井勝弘
新俊彦
浜谷浩樹
理由
第二 当裁判所の判断
一 原告ら世帯のケースの記録(以下「本件文書」という。)および世帯更生資金(修学資金)に対する意見を記載した書面(以下「本件意見書」という。)を被告が所持していることは、争いのないところであるが、原告らは、これらが民事訴訟法第三一二条第三号後段の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成せられたる」文書にあたると主張する。
同条の趣旨が、証拠面での当事者対等の実現、訴訟における真実の発見等の観点から、文書の所持者の有する文書の処分自由の原則に対する例外を定めるとともに、他方、提出義務の範囲を同条各号所定の範囲に限定して文書の所持者に不当な不利益が及ぶことを避けようとするところにあると解されることに鑑みると、同条三号後段の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成せられたる」文書とは、法律関係それ自体を記載した文書だけではなく、その法律関係に関連のある事項を記載した文書をいうが、その所持者がもっぱら自己使用のために作成した内部文書はこれにあたらないと解するのが相当である。
二1 これを本件文書についてみるに、原告らは、ケース記録は、生活保護法二八条による「保護の実施機関の調査」の結果を義務として記載されたものであること、同法に基づいた「指導等を行う権限」と「指導等に従う義務」という法律関係に基づいて作成され、記録されたものであること、保護変更決定処分はケース記録に記録された「生活状態調査」結果に基づいて実施されること、ケース記録は、同法上の職務である「調査」や「指導」等の結果を記録した文書である点で法の要請に基づいた文書であって、かつ作成者がそれを職務として記載するので、内容について客観性や正確さを期待することができること、ケース記録は、「福祉の実現」と「公益」を図るために作成される文書で調査の適正を期するとともに、実施機関の指導や処分の正当性を担保するものであるから、公表こそが求められるものであること、ケース記録には、ケースワーカーが作成する文書だけでなく、第三者からの情報や回答書等が含まれており、このような第三者情報部分の含まれたケース記録を内部文書とすることはできもしないし、許されるべきではないこと等から、本件文書は、内部文書ではなく「法律関係文書」にあたると主張する。
2 ところで、生活保護行政は、憲法二五条に規定する理念に基づき、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とするものであるところ、ケース記録は、ケースワーカー等保護事務を実施する機関が右目的に沿って被保護者に対する適正公正な保護および効率的な自立助長の措置を行うために収集した情報の記録および的確な保護の決定実施をするための資料として作成されるものであるとともに、保護変更決定処分がケース記録に記録された「生活状態調査」結果に基づいて実施され、右「調査」や「指導」等の結果が記載されることからすると、法律関係に関連のある事項を記載した文書であるといわなければならない。
しかしながら、右によって直ちに内部文書ではないということにはならず、まして、原告らの主張する、内容についての客観性や正確さ、ケース記録が「福祉の実現」と「公益」を図るために作成され、調査の適正を期するとともに、実施機関の指導や処分の正当性を担保するものであることおよびケース記録に第三者情報部分が含まれていることが内部文書性を否定する理由にはならない。
そこで、ケース記録作成の法的根拠、その効果、記載内容等につき検討するに、その作成は、これを要求している法律、政令または省令といったいわゆる法令の明文の規定はなく、かえって、厚生省社会局長通知に基づくものであって、直接には、内部の事務処理に関する通知に基づくものというべきものであること、そして、その作成が法令によっていわば当然のこととして予定あるいは要請され、仮にその作成を欠けば、そのことによって、実施機関の指導や処分が当然に瑕疵を帯びるに至るといった性格の文書であるとも認められないこと、しかも、ケース記録は、被保護世帯ごとに備え置かれるケース台帳の一資料であって、右台帳内には、保護開始申請書、収入申告書などの被保護世帯から提出された手続書類のほか、保護決定伺書、生活保護認定調書、収入認定調書、医療扶助認定調書などが綴り込まれていること、ケース記録の記載内容は、被保護者の生活実態に関する情報や保護処分決定上の基礎的事実等(具体的には被保護世帯の各構成員の職歴、学歴、成績、心身の状況、病歴、所得、財産の状況、親族関係等の被保護者のプライバシーに関する情報、被保護世帯外の者である扶養義務者の所得や財産の状況等の第三者のプライバシーに関する情報)のほか、生活保護対象者の処遇方針、決定、実施された保護の内容、保護事務担当者のした指導、指示の内容等処遇の経過に係る事項が記載されていることが窺われ、このようなケース記録作成の法的根拠、その効果、記載内容等に鑑みると、同記録である本件文書は、被保護者はもとよりその他の第三者にも公開が予定されているとは認めがたい。
そうであるとすると、本件文書は、被告が生活保護行政の目的に沿って被保護者に対して適正かつ公正な保護および効率的な自立助長の措置を行うために収集した情報の記録および的確な決定実施をするために作成する資料にすぎず、外部に公開されることを予定して作られていない内部文書と考えるのが相当である。
したがって、原告らの主張は失当である。
三 次に、本件意見書について判断するに、本件意見書は、世帯更生資金貸付の際、社会福祉協議会から借入申し込み者に対する指導計画について意見を求められた際に、これに応じて被告が意見を述べるものであるところ、その作成を義務づける法令上の規定はないこと等からすると外部に公開することは予定されておらず、本件意見書も内部文書と考えるのが相当である。
これに対し原告らは、世帯更生資金貸付は、生活保護給付を補完し、その自立更生を促進するために行われること、被告は、保護受給者に対する義務として「意見」を作成することと定められていること、社会福祉協議会は、右「意見」により世帯の生活状況を知るのであり、それを参考にして貸付を実行すること、右「意見」は、客観性、正確性を期待することができ、作成者の恣意が入ることも考えられないことから、本件意見書は、内部文書ではなく、「法律関係文書」にあたると主張する。
しかし、世帯更生資金貸付の目的が如何なるものであれ、被告が保護受給者に対する義務として意見書を作成しなければならない法令上の根拠は見当たらず、仮にその作成を欠けば、そのことによって、社会福祉協議会の貸付決定が当然に瑕疵を帯びるに至るといった性格の文書であるとはいえず、右「意見」が、客観性、正確性を期待することができ、作成者の恣意が入ることも考えられないからといって、内部文書性を否定することにならないことは、前述のケース記録と同様である。
そうすると、原告らの主張は失当である。
四 以上によれば、本件文書および本件意見書は民事訴訟法三一二条三号後段所定の文書に該当せず、したがって、本件文書等が右に当たることを理由とする本件申立は失当である。
よって、原告らの本件申立は理由がないから却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 牧弘二 裁判官 横山秀憲 小島法夫)